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10/31/2021

神無月 10月

映画評論家、ジャーナリストの町山智浩さんが紹介する映画はどれも面白そうで、つい観たくなってしまいます。町山さんは映画の表面的なことよりは内面的な話、例えば社会的背景や文化的背景など、他の評論家とは違う視点で映画を解説してくれるから、その映画にものすごく興味をそそられます。しかしずっと町山さんが紹介する映画を観られていなかったので、町山さんの著書から一本選んで観てみようと思いました。


今回、私が選んだ映画はジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」。理由は至って単純。監督や主演のアダム・ドライバーが有名。そして日本から永瀬正敏が出ているからです。ちなみに怒られそうな余談ですが、私はアダム・ドライバーっぽいと言われたことがあって、実は勝手に親近感を抱いています。多分、ひょろっとしたところが似ているのでしょう。

「パターソン」はアメリカに実際にある町、パターソンに住むバスの運転手、パターソンの一週間を描いた映画です。パターソンの起きる、食べる、働く、寝るといった日常が淡々と描かれていて、その主人公は毎日、詩を書き留めています。この映画、ただ普通に観ると「雰囲気映画」といった印象なのですが、映画の後に町山さんの文章を読むと、なるほどなるほど、と理解することがたくさんあってとても面白いのです。

まずこの映画はW・C・ウィリアムズの「パタソン」という長編詩が基になっていて、その詩の内容を登場人物、会話、映像などで表現しているということです。また、この映画では「パーソニズム」というものがキーワードになっているようで、「パーソニズム」とは不特定多数の人に向けた創作ではなく、個人的、またはある特定の人に向けられた創作のことを言うそうです。「パターソン」では主人公が出会う人々との会話から様々なパーソニズム芸術の詩人、つまり生前は自己完結の創作をしていて、死後有名になった詩人の名前が出てきます。町山さんの著書からそれらの人物の名前を抜き出してみました。

・ポール・ローレンス・ダンバー(南北戦争の頃、黒人奴隷の子として生まれる。ラップの元祖といわれる詩人)主人公がコインランドリーでラップの練習をしている黒人に出会い、彼は自分のことをポール・ローレンス・ダンバーと呼んでいる。

・エミリー・ディキンソン(1830-1886/生前の発表はほとんど無かったが、今ではアメリカ最高の詩人の一人)主人公が出会う少女の好きな詩人

・フランチェスコ・ペトラルカ(14世紀のイタリア、聖職者の書記)主人公の妻ローラの名前が、ペトラルカの恋愛詩から来ている。

・フランク・オハラ(1926-1966/ニューヨーク近代美術館の学芸員)主人公がオハラの詩集をいつも持ち歩いている。ちなみにオハラはW・C・ウィリアムズから影響を受けている。

映画の最後、永瀬正敏がW・C・ウィリアムズの「パタソン」巡礼をしている日本人として登場し、主人公パターソンと会話するのですが、そこで話題になるのが画家のジャン・デュビュッフェ。デュビュッフェは精神病院の患者たちが純粋に自分のために描いた絵をコレクションしていたそうで、これもパーソニズムにつながってきます。永瀬正敏が演じる日本人も誰に見せるわけでもなく詩を書いているので、これも同じことが言えます。至るところパーソニズムの要素に溢れていて、ジム・ジャームッシュ監督自身もフランク・オハラの「パーソニズム宣言」というのに影響を受けているそうです。

面白いエピソードがあって、「パーソニズム宣言」に影響を受けたジム・ジャームッシュはそのことをベルナルド・ベルトルッチに話したら「そんな芸術は一握りのインテリやエリートのためのものでしかない」と怒られたそうです。そんなジム・ジャームッシュがなんだか魅力的に感じ、他の作品もいろいろ観てみたいなと思いました。

写真は今月の展示、Coffee Connection vol.6 での一服。